2011 年 3月

栃木県の野菜は危ない?なんてことはない!

福島、茨城、栃木、群馬などの野菜や牛乳などから、「暫定規制値」を上回る放射能が検出されたとのことで、出荷規制とか自主規制とかニュースが流れています。
しかし、朝からいろんな番組で繰り返し説明されているように、それが人体に影響を与えることはありません。値自体も小さいだけでなく、それが体内に蓄積されて害を与える可能性とか、洗って料理して食べることとか、人間の排出機能とか、いろんな観点から考えれば全く危険はない、と言っても過言でないくらいです。
そもそも「暫定規制値」がどういう根拠に基づいて決められたのかがわかりません。実際には放射線値が少し変化したからモニタリングをきちんとしておこう、くらいの値だと思います。
X線検査を受けたり、CTスキャンを受けたりする方が、よっぽど多くの放射線を浴びるわけだし、ガンの危険でもタバコの方がよっぽど大きいのではないでしょうか。
10日経ってようやくコンビニやスーパーの品揃えが元に戻りつつあり、少し落ち着いてきたのに、このままでは野菜の高騰や品不足が起こってしまいます。
政府も自治体もこれ以上被害地を苦しめるようなアクションはとらないで欲しいと思います。

地震6日目

未だに頻繁に余震が続く中で、自宅や作業部屋の片づけを行っています。

「計画停電」という名前の「無計画停電」にも振り回され(ここは害1グループのようですが、まだ一度も停電になりません。準備をして待っていても結局何も起こらない、というのもストレスです。しかも前日夜中になるまで翌日の予定が発表されない、毎日時間帯が変わる、なども実際に生活するうえでは大変困ります。せめて一週間単位で時間帯が変わるとかにしてほしいいし、停電するんだったら確実に停電して欲しいです)かなり疲れがあります。

福島第一原発から我が家までは直線距離で約120km。近くはないが決して遠くはない距離です。刻一刻変わる情報にまるで映画を見ているような錯覚に陥ります。これは現実なのか、、、夢であって欲しい。。
群馬の友人の奥さんは、西日本にある実家に子供を連れて戻ったそうです。

70年代、80年代に政府や東電などによってふりまかれた「原発安全神話」は見事に崩れ去り、東電の危機管理能力の無さがあらわになっています。日本のTop企業のレベルがこんなものなのか、とがっかりします。

2階の作業部屋は、まだ足の踏み場がない状態で、大事な書類も書籍もちょっとしたメモも一緒になって散らかっています。午後は作業部屋の片づけを何とか進めようと思います。

地震からこれまで

一昨日の地震で我が家の中は壊滅状態になってしまいました。

地震の起きた時はたまたま夫婦とも外にいて体は無事だったのですが、家に戻ったら食器棚が吹っ飛び、冷蔵庫もすべて開放、家じゅうの棚という棚はきれいに何も乗っていない状態になって、代わりに床は足の踏み場もないほど。
玄関の扉は枠が裂けていて、戸を開けたら2つに分離してしまいました。

2階の仕事場に様子を見にいったらこれもすごい状態。3台のPCはすべて吹っ飛んでいて、ラックの上にあった50kgもある古いコピー機も床に転落していました。壁一面の本棚の中身はすべて床に散乱し何がなにやらわからない状態です。
もしここで仕事をしていたら、と思うとぞっとしました

やっと気を取り直し、まずは玄関ドアを応急修理。そうしている間も2,3分おきに余震が来て、まるで船の上にいるような感覚です。

夜中までかかって食器の残骸などを片づけ、とりあえず寝られる状態になったのは夜中の3時過ぎ。ベッドにもぐってからも頻繁な余震のためにあまり寝られませんでした。

昨日は朝から一日片づけ。ようやく1階の生活スペースはだいたいきれいになりました。ただ近所のスーパーはみんな閉まっていて、わずかに開いているコンビニには品物がありません。ポテトチップスやレトルト食品で何とかしのぎましたが、冷蔵庫にはあまり材料が残っていないので、今日はどこかで食料を手に入れてこないといけない状況です。

まだ2階の仕事場は手つかず状態。今日はもう少し片づけなければと思いますが、腰も痛くなるし、気分的にも疲れます。東北各地の被災地の方々はどんなに大変だろう、と思います。
原発も何とか大事にならずに収まって欲しいです。ここ那須塩原はとなりが福島県なので、そういう意味でも他人事ではない気持ちです。